教育
一般に学校教育を思い浮かべますが、今や一生涯つきまとう言葉です。「幼児教育」「学校教育」「職業教育」「新入社員教育」「企業内教育」「生涯教育」。人生の各ステージで人間は教育し教育されています。
広辞苑を引くと「教え育てること。人を教えて知能をつけること。人間に他から意図をもって働きかけ、望ましい姿に変化させ、価値を実現する活動。」となっています。また、“教える”とは「注意を与えて導く。学問や技芸などを身につけるように導く。」となっています。教育とはこんなに驕ったものなのでしょうか。
私の考えは、「先人が、人間らしく個性的に生きていくための術、またはその基礎となることを伝えていくこと。」だから、教育する人を“先生”(先に生まれた)と呼ぶのではないでしょうか。
情報が氾濫している現代において、その“伝えるもの”はより実践的で、より経験に裏打ちされたものでなければ誤魔化しがきかなくなっています。教師と呼ばれる人には多くの経験をしてもらいたい。そして様々な経験を持った人が教育に携わっていってほしいと願います。
特に十分な分別のつかない子供たちへの教育は、ともすれば洗脳行為へとなります(カルト集団は教育と称して洗脳します)。ですから、時にはひとつの偏った方向にだけ“導く”のではなく、偏らない選択肢を示すのも教育の役割でしょう。
いずれにしても、教育は未来の社会を築く上での重要な役割を担っているのです。